うつ病独女の毒女日記。

新卒2年目、新卒で適応障害とパニック障害、会社2社目もブラック企業の営業でうつで休職2ヶ月目にして6末に突然リストラされた2017卒。愚痴やら何やら何でも書くよ!今は労基で揉めてます。

いじめの傷は絶対消えないんだよという話②

どうも。みるきーです。

 

 

この時間帯まで抗うつ薬飲むのすっかり忘れてて。断薬症状で身体は重いわだるいわ動悸すごいわやばいです。

 

 

お医者様が言ってたことって、これだったのね……

 

 

さて。気を取り直し。

 

いじめの傷は絶対消えないんだよという話① - うつ病独女の毒女日記。

 

これの続きをしましょうか。

 

 

学年いじめられ

教師にも見捨てられ

部活でも差別され

友人も私のせいで不登校になり

 

 

……親については、本当に嘘でしょ?とか言ってました。冗談半分で。でもそれを一変させる事態を私は起こしてしまいました。

 

 

 

みるきー、ついにブチ切れる。

 

 

授業妨害され成績は落ちていきました。受験もセンター試験も8割をギリギリ超えず。

休み時間も空き教室で勉強してても妨害を受けていたので……(苦笑)

 

 

そして落ち込んでいた本命の大学の受験の前々日。

 

 

みるきー、ついにブチ切れました。

 

 

相手は、男です。

首謀者ではありませんが、PTA会長の息子で地元の有力者。首謀者のNo.2。側近です。

 

 

こいつはこう言いました。

学年で唯一福祉系の大学を選んだ、私に聞こえるように。

 

 

「そいや福祉目指そうってゴミがいるって聞いたけど、兄貴から聞いた話、あれはゴミにしかできないらしい。ゴミだからゴミの仕事に行くんだな!わはははは!!」

 

 

 

「……っていった?」

 

 

「ああ?」

 

 

「今なんて言ったって言ってんだよもう一度言って見やがれ!!!!!!!!」

 

 

みるきー、ついに怒鳴る。

 

 

驚く男共。

 

 

それに向かってくみるきー

 

 

「どいつもこいつもこの3年間てめーら邪魔しやがって!!!!私がどんな思いで3年間過ごしたか!!!!友達をてめーらのせいで失ってどれだけ悔しかったか!!!!!!!!おめーら3年経ってもわからないなんてクソガキだな!!!!!!!!」

 

 

悪口を言ったやつの前にたったみるきー

周りの男子は「し、障害者だ……!!」といってからかおうとしてますが膝が震えてます。

 

 

極めつけはNo.2のこの一言

「……お……俺は……PTA会長の……息子だぞ!!!!俺に手を出したら……」

 

 

「典型的なこと抜かすな!!!!!!!!いい加減にしろ!!!!!!!!!!!!!!障害者だ?!?!?!こちとらもうお前らのトラウマでとっくに障害者だわ!!!!」

 

 

そいつの胸ぐらを掴んだみるきー

 

 

「お前らのおかげで失った高校生活、絶対許さない。傷なんてたくさんついたし周りが傷つくのも裏切られるのも見てきた!!!!もうたくさんだ!!!!」

 

 

「なら!!!!!!!!受験取り消されようが入学取り消されようが何されようがどうだっていい!!!!!!!!教育委員会やら裁判所やら警察やら!!!!!!!!地獄の底までお前らのことを追求してやる!!!!お前らみたいに暴力なんてしない!!!!社会的制裁でな!!!!!!!!」

 

 

 

……多分こんなことを言った気がする。

如何せん我を忘れてましたからね。

 

 

男子のひとりが教師に言いに言ったあとすぐ、私も涼しい顔で教師に出頭しました。

 

 

「胸ぐら?掴みましたよ。何か?」

 

 

それだけで理由も聞かずに親召喚。

 

 

親が真っ青になって駆け込んできて、

「暴力だけはダメって言ったでしょ!!!あいつらと同じになりたいの?!」

と言いました。あぁ、ようやくいじめは親に認知されたんだなぁと。

 

 

胸ぐらだけしか掴んでないし、後悔はしてないよ。と母親に伝え、心配しなくていいことも伝えました。

 

 

母は守ってくれる、と言ってくれましたが、でも私はもう腹を括って怒鳴りに行ったので、どうなってもいいと思ってたんです。

 

 

②取っておきの隠し武器と、裁決と。

 

 

まず、親抜きで二者面談になりました。

 

 

 

待っていたのは、あの学年主任と、学年主任達をまとめる責任者。

 

 

「暴力奮ったって聞いてるけど、本当に?」

 

「いえ、胸ぐら掴んだだけです。暴力奮ったら相手と同じ『いじめる側』になると思ったので。」

 

「いじめがあったなんて学年主任からは聞いてないけど。」

 

 

……やっぱり。

 

 

そこで私が取り出したのは、

 

 

3冊のスケジュール帳。

ウィークリー形式で、後ろの方が日記型になっているものでした。

 

 

私は……

今日こんないじめがあったということを3年間、この日のために記録して、こっそり貯めておいたのです。

 

 

労基の時とかの記録をつけるくせは、この時から既にあったってわけ。

 

 

 

これが状況を一変させます。

 

 

 

パラパラと読んだ学年主任と責任者。

顔面がどんどん青ざめていきます。

 

 

「わたしはどうなっても構いませんしどのような罰も受けます。ですが、いじめがあったことへの認知は、してください。学年主任のように、なかったことにしないでください。」

 

「可能であれば、彼らへの罰もお願いします。彼らは私だけでなく、第三者である友人までも苦しめました。私にはそれが許せません。」

 

 

 

そう。

あくまで私の目的は、いじめがあったことへの認知。そのためならなんだっていいやと思ってましたから。

 

 

私の面談はこれで終わり。

 

 

親の面談も終わりましたが、ひたすら謝られっぱなしだったと聞きます。いじめが認められて。

 

 

次の日に結果が言い渡されるとの事でしたので、また親と学校へ。

 

 

結果、お咎めなし。

 

 

 

いじめてたやつらは全員金持ちの息子なので全員注意だけらしくて。

 

スケジュール帳をよんだ責任者が主任を来年から主任から外す!みたいな感じになってて。

 

 

責任者は最後に言いました。

「3年間、君を苦しめて悪かった。相談してくれる相手が僕だったら、何でもできたのに。ごめんよ。」

 

 

「そんなことないです。認知されれば、それでいいんで。」

 

 

私のいじめは、これで学校側にようやく認知されました。

 

 

 

③3月、卒業の時。

 

みるきーは本命の私立大にも、県立の短大にも、偏差値は低いものの国公立大にも受かりました。

 

(なおこの時国公立大の合格証書のコピーを職員室の学年主任の机にバンと置いて『いじめられても認知されなくてもこれですが、なにか?』といって去っていきました。)

 

 

国公立大に受かった人は、3年の時の集会で名前を呼ばれるんです。

 

 

そこで名前を呼ばれたみるきー。(行かないけど!)

 

 

 

周りから動揺の声が。

 

「あのクソブスが?!?!?!」

「あんなに妨害したのに!!!!」

「なんで受かってるの?!?!?!悔しい……!」

 

 

みんな聞こえてる。

頑張ってきたから受かったんだよ。

 

 

 

そして。

私のことを庇ってくれた彼も、本命に受かってました。

 

 

その後。

 

 

「受かったんだな、あの環境で」

「お互いおめでとう、だね。私は国公立大には行かないけど。」

 

「俺はお前を尊敬するよ。あの3年間耐えたお前を。あまり守らなかった。ごめん。でもお前は直接変えに行った…胸ぐらはダメだけど。すごい女だよ」

「私は、あの時あんたがくれたメールを絶対忘れないよ。あの時のメール、どれだけ助けられたと思う?」

 

 

「私は、誰かを助ける仕事をしたいからその勉強をしに行くよ。」

「俺はお前の立場を見て、世界を見たいと思った。だから世界を見に行く。」

 

 

お互い、頑張ろうね。

 

 

と、卒業式の後にメッセージをもらう時に話しました。

 

 

そして、

 

 

「ありがとう」

 

 

だけ言い残して。私が彼との話は終わりました。

 

 

 

告白はしませんでした。

でも、今でも私の憧れの人です。大好きだった人です。めんどくさい女ですが、幸せになれよ!

 

 

ちなみに、私が制裁を下さなくても制裁は下っていたことを風の噂で知りました。

 

 

いじめの首謀者が後輩を殴り、推薦校を取り消されたらしいです。その後は知りません。

 

 

車に乗って、帰る時、3年間の思い出が蘇りました。

 

 

苦しい時もありました

死にたい時もありました

でも、耐えた。

 

 

涙が止まりませんでした。

 

 

両親は、気付かなくて悪かった、と半泣きしてました。

 

 

 

さて。ちょっと長くなりすぎたので、③まで伸ばすことにします。申し訳ないです。

 

 

 

では。